奴隷廃止運動(読み)どれいはいしうんどう

百科事典マイペディアの解説

奴隷廃止運動【どれいはいしうんどう】

近代における黒人奴隷廃止の動きは啓蒙思想や人道主義の立場から始まった。英国では18世紀半ば以後ウィルバーフォースらの努力により,1807年奴隷貿易が禁止され,1838年全奴隷を解放。フランスでは革命中の1794年奴隷廃止法案ができたが,ナポレオン時代に一時復活された。しかしトゥサン・ルベルチュールとその後継者による初の黒人共和国ハイチの独立をへて奴隷貿易は衰退し,1848年二月革命で完全廃止にいたった。米国では独立後まもなく北部諸州で廃止され,奴隷貿易は1808年に全国的に廃止されたが,南部諸州は奴隷制の継続を望み(ミズーリ協定),これに対抗して共和党が結成された。結局,南部では南北戦争後の憲法修正(1865年)まで奴隷使用が続いた。
→関連項目アメリカ南部連合大西洋奴隷貿易奴隷ナブコ民主党(米国)

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世界大百科事典 第2版の解説

どれいはいしうんどう【奴隷廃止運動】

自由主義思想の高まるなかで,主として19世紀前半,イギリス,フランスなどの西ヨーロッパ主要国やアメリカ合衆国で,奴隷貿易および奴隷制の廃止をめざした運動。廃止運動を推進した要因は宗教的・人道主義的なものにとどまらず,経済的・政治的要因が複雑にからみあっていた。さらに,西インド諸島などの海外植民地に奴隷制を敷いていたイギリスやフランスなどと,国内にそれが存在したアメリカの場合とでは,事情がかなり異なっていた。

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