大陽義冲(読み)たいよう ぎちゅう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「大陽義冲」の解説

大陽義冲 たいよう-ぎちゅう

1282-1352 鎌倉-南北朝時代の僧。
弘安(こうあん)5年生まれ。臨済(りんざい)宗。無為昭元(むい-しょうげん)の法をつぎ,筑前(ちくぜん)(福岡県)承天寺の住持となる。京都東福寺住持をへて観応(かんのう)元=正平(しょうへい)5年南禅寺住持となった。筑前生まれとも越前(えちぜん)(福井県)生まれともいう。観応3=正平7年1月11日死去。71歳。別号に黙庵

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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