日本歴史地名大系 「大隈炭鉱」の解説
大隈炭鉱
おおくまたんこう
現在の中間市
当鉱付近では江戸時代中頃より零細規模の採掘を行っており、産出される石炭は製塩用として四国・中国地方に送られていた。明治一一、二年(一八七八、七九)頃には石井善七・永井安治の両名が上底井野村奥ノ谷で開坑したとされるが詳細は不明。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
現在の中間市
当鉱付近では江戸時代中頃より零細規模の採掘を行っており、産出される石炭は製塩用として四国・中国地方に送られていた。明治一一、二年(一八七八、七九)頃には石井善七・永井安治の両名が上底井野村奥ノ谷で開坑したとされるが詳細は不明。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...