天乃神奈斐神社(読み)あめのかんなびじんじや

日本歴史地名大系 「天乃神奈斐神社」の解説

天乃神奈斐神社
あめのかんなびじんじや

[現在地名]赤碕町赤碕

赤碕集落のほぼ中央南の小高い地所に立地。旧郷社で、祭神は大己貴命・少彦名命・事代主命など一四神。「三代実録」元慶七年(八八三)一二月二八日条によれば伯耆国の正六位上「天乃神奈斐神」が従五位下に叙されている。江戸時代には津上大明神と称されたが、幕末のものと考えられる赤崎浦湊絵図(県立博物館蔵)にみえるように「中の宮」とも称した。安永二年(一七七三)の伯路紀草稿(県立図書館蔵)にひく明和年間(一七六四―七二)の御蔵番の談話によれば、当時は摂津国からの勧請と伝えられており、烏帽子岩(現在はかむり岩という)が着岸地とされていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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