天昌寺(読み)てんしようじ

日本歴史地名大系 「天昌寺」の解説

天昌寺
てんしようじ

[現在地名]盛岡市天昌寺町

国道四六号の南に位置する。岩鷲山と号し、安倍貞任が厨川くりやがわ柵に拠った頃からの古寺で、天台宗天照寺と称し、前九年の役で安倍氏が滅亡したのち衰微したと伝える。文治五年(一一八九)の奥州合戦で戦功のあった工藤小次郎行光が岩手郡を与えられ、その子孫厨川工藤氏(栗谷川氏ともいう)は当寺を再興して菩提所としたという。江戸初期に三戸南部氏が盛岡に移るや、栗谷川氏はその家臣となり、栗谷川八兵衛光成の代に紫波しわ長善ちようぜん(現都南村)の七世物賛関逸を請じて開山として曹洞宗改宗、八兵衛自身は開基となって寺の再興を計ったという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

自動車税・軽自動車税

自動車税は自動車(軽自動車税の対象となる軽自動車等および固定資産税の対象となる大型特殊自動車を除く)の所有者に対し都道府県が課する税であり、軽自動車税は軽自動車等(原動機付自転車、軽自動車、小型特殊自...

自動車税・軽自動車税の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android