天行寺跡(読み)てんぎようじあと

日本歴史地名大系 「天行寺跡」の解説

天行寺跡
てんぎようじあと

[現在地名]南国市天行寺

天行寺集落の東にあったが、近世にはわずかに堂を残すのみで、往時繁栄はなかった。本尊薬師如来であったが、宗派などは不詳。創建年代も明らかでないが、天行寺への延文元年(一三五六)九月一八日付の細川繁氏禁制(香宗我部家伝証文)に「右於当寺并寺領等、軍勢甲乙人不可致乱入狼(藉)、若有違犯之輩者、可処重科之状如件」とある。当時、土佐守護細川繁氏からこれだけの保護を受けているから、天行寺はかなり重視されていたのであろう。

長宗我部氏支配の頃は、七間四面の薬師堂(本堂)を中心として脇寺七ヵ寺があったと伝える(南路志)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む