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太地角右衛門 たいち かくえもん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

太地角右衛門 たいち-かくえもん

1623?-1699 江戸時代前期の捕鯨家。
元和(げんな)9年?生まれ。紀伊(きい)太地(和歌山県)の鯨方,大庄屋。延宝3年従来の突き取り法を改良して網取り法をはじめ,太地の捕鯨の発展につくした。太地家をおこし,角右衛門を名のる。元禄(げんろく)12年3月22日死去。77歳? 初姓は和田。名は頼治。通称ははじめ総右衛門。

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朝日日本歴史人物事典の解説

太地角右衛門

没年:元禄12.3.22(1699.4.21)
生年:元和9頃(1623)
わが国捕鯨業発祥の地と称される紀州(和歌山県)太地浦鯨方の宰領。初め和田姓。名は頼治,隠居名惣右衛門。熊野水軍の系譜を持つ。慶長11(1606)年,祖父和田頼元が水軍の戦闘技術を応用して大掛かりな組織捕鯨を開始。頼元の嫡孫頼興が自家を失火させたことによる社会的地位の失墜などにより、その弟頼治が鯨方の采配権と大庄屋職とを譲られた。延宝5(1677)年,銛だけに頼るそれまでの突取法を改良し,銛と網を併用する網捕り法を創案,太地浦鯨方の基盤をより強固なものとした。のちに太地家を興し,通称を角右衛門と改め,以後代々角右衛門を襲名。頼治の名声は,遠く江戸まで轟き,井原西鶴の『日本永代蔵』の鯨取りの天狗源内のモデルともなった。<参考文献>「太地角右衛門家文書」(太地家蔵),『熊野太地浦捕鯨史』(2011.10.19更新)

(田上繁)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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