太田山古墳群(読み)おおたやまこふんぐん

日本歴史地名大系 「太田山古墳群」の解説

太田山古墳群
おおたやまこふんぐん

[現在地名]福井市帆谷町・徳光町・北山新保町

帆谷ほだに徳光とくみつ北山新保きたやましんぼにまたがる、最高所標高八七メートルの丘陵上に分布。当古墳群の一部は、かつて徳光山とくみつやま古墳群とよばれていたが、昭和四九(一九七四)、五〇年の分布調査で、前方後円墳二基を含む計六八基からなることが判明し改称された。昭和四九年、古墳群北西部の一群が調査され、弥生中期の方形台状墓、古墳前期の方形周溝墓、古墳後期の円墳などを確認し、その後破壊された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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