奥多賀村(読み)おくたがむら

日本歴史地名大系 「奥多賀村」の解説

奥多賀村
おくたがむら

[現在地名]南光町多賀たが

佐用郡に属し、口多賀くちたが村の東、千種ちくさ川に合流する多賀川沿いの狭い谷間にあり、両側山地は標高三〇〇―四〇〇メートルである。慶長国絵図には多賀村とみえる。江戸期の領主変遷林崎はやしさき村に同じ。正保郷帳に奥多賀村とみえ、田方二八八石・畠方一三五石余、旱損所、はへ山有と注記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む