奥池銀山跡(読み)おくいけぎんざんあと

日本歴史地名大系 「奥池銀山跡」の解説

奥池銀山跡
おくいけぎんざんあと

[現在地名]河内村奥池

中三方なかさんぽう(一三〇六メートル)の南麓、直海谷のみだに川最上流部右岸にあった江戸初期の銀山。「加賀志徴」はいけ鉱山と記し、池之銀山・奥池村のかな山などともみえる。現在、金山きんざん谷・丁銀ちようぎん谷などに採掘坑が残る。延宝八年(一六八〇)の十村鶴来村太兵衛書上(改作所旧記)に池之銀山とみえ、銀山の採掘は七〇余年前に始まり、廃坑は延宝八年まで一九ヵ年とあることから寛文(一六六一―七三)初年と考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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