朝日日本歴史人物事典 「奥田万次郎」の解説
奥田万次郎
生年:天保1.9.14(1830.10.30)
幕末の因幡藩(鳥取県)藩士,尊攘派志士。奥田成武の次子。文久3(1863)年5月藩命により上洛。折から尊攘運動は激昂の時にあり,大和行幸が日程に上りつつあった。尊攘運動には同情を示しつつも,大和行幸には批判的であった黒部権之介,高沢省巳,早川卓之丞ら藩政首脳部を敵とみて,同志の太田権右衛門,河田佐久間ら21名と共にその宿舎本圀寺を襲い殺害,8月18日の政変直後自刃した。
(井上勲)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報