本圀寺(読み)ホンコクジ

デジタル大辞泉の解説

ほんこく‐じ【本圀寺】

京都市山科区にある日蓮宗の寺。日蓮宗四大本山の一。山号は、大光山。日蓮が鎌倉松葉ヶ谷に創建した法華堂が前身で、興国6=貞和元年(1345)京都に移築。天文5年(1536)天文法華の乱で焼失したが、のち復興、徳川光圀帰依を得てそれまでの本国寺から現寺号に改めた。

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世界大百科事典 第2版の解説

ほんこくじ【本圀寺】

京都市山科区にある日蓮宗大本山。大光山と号する。摩訶一院日印の弟子日静が,鎌倉松葉谷本勝寺を京都六条の地に移して,本国寺と称したのに始まる。本国寺は同じく京都の妙顕寺と共に,〈京都日蓮宗二十一箇本山〉の代表格として威勢を振るった。この本国寺が〈本圀寺〉と改称したのは,江戸時代の初期に水戸光圀当寺を訪れたことによるという。本国寺の霊宝は,立像釈迦仏,日蓮真筆の《立正安国論》,佐渡流罪からの赦免状であり,一般に〈三箇霊宝〉と称され,特に立像の釈迦像は公家の近衛政家をはじめ数多くの人々に信仰された。

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大辞林 第三版の解説

ほんこくじ【本圀寺】

京都市山科区にある日蓮宗の寺。山号、大光山。日蓮宗四大本山の一。日蓮が住んだ鎌倉松葉ヶ谷の法華堂に始まる。1345年日静が京都に移転。1536年天文の法乱で焼かれたがのち下京区柿本町に再興。1969年(昭和44)現在地に移る。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

本圀寺
ほんこくじ

京都市山科(やましな)区御陵(みささぎ)大岩町にある日蓮(にちれん)宗の寺。日蓮宗四大本山の一つ。山号は大光山。本尊大曼荼羅(まんだら)(日蓮筆と伝える)。日蓮の松葉(まつば)ヶ谷(やつ)の草庵(そうあん)を第4世日静(にちじょう)(足利尊氏(あしかがたかうじ)の叔父)が京都へ移し、本国寺と称したというが、起源については異説もある。中世、洛中法華(らくちゅうほっけ)二十一本山の一寺として尊崇された。法系は六条門流とよばれた。天文(てんぶん)法華の乱(1536)に、延暦(えんりゃく)寺衆徒に攻められ灰燼(かいじん)に帰したが、のち復興された。豊臣(とよとみ)秀吉は朱印地百七十七石を与え、秀吉の姉日秀尼(にっしゅうに)が拡大に努力し、徳川光圀(みつくに)は寺号を本圀寺と改めた。1788年(天明8)大火にかかり、経蔵などわずかを残すのみとなった。西本願寺北にあった経蔵(加藤清正建立、国重要文化財)は1971年(昭和46)現在地へ移建された。伊東法難会(え)(5月12日)、松葉ヶ谷法難会(8月27日)、御会式(おえしき)(10月12日)を催す。[田村晃祐]

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精選版 日本国語大辞典の解説

ほんこく‐じ【本圀寺】

京都市山科区御陵大岩にある日蓮宗四大本山の一つ。山号は大光山。日蓮が建長五年(一二五三)鎌倉松葉ヶ谷に建てた法華堂に始まる。弘長三年(一二六三)日朗が本国寺と改称。貞和元年(一三四五)日静が京都に移した。徳川光圀が厚く帰依外護したところから、寺号の国の字を圀に改めた。昭和四六年(一九七一)現在地に移転。六条。

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