日本歴史地名大系 「妻波村」の解説 妻波村つまなみむら 鳥取県:東伯郡大栄町妻波村[現在地名]大栄町妻波由良(ゆら)村の西に位置する。「つばなみ」ともよび、妻浪とも記した(元禄郷帳など)。南方は火山灰丘陵地、北方には北条(ほうじよう)砂丘が広がる。伯耆街道に沿って集落が形成されたが、近世以前の集落は南方の沖谷(おきだに)にあったという。地名は波の打寄せる最も奥まった所を意味するといわれるとおり、街道沿いの地域は中世以前には半島状に海岸に接していたらしく、現在岩崎(いわさき)神社のある辺りは浮州(うきす)ノ森(もり)とよばれていた。天文年間(一五三二―五五)に大洪水を起こすまで天神川は現在の由良川の河口に流れていたといわれ、天神川の土砂や海砂が堆積し、北方に砂丘地が定着するにつれ、沖谷にあった古い集落は北へ移動したものといわれる(大栄町誌)。天正九年(一五八一)三月七日付の吉川元春書状案(吉川家文書など)に「津波並」とみえ、同八年鳥取城攻略のため元春が当地に陣を布いており、地内には現在も陣場(じんば)の地名が残る。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by