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孝蔵主 こうぞうす

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

孝蔵主 こうぞうす

?-1626 織豊-江戸時代前期の奥女中。
出家して孝蔵主と称し,豊臣秀吉北政所(きたのまんどころ)(高台院)につかえ,奥向きの奏者として大坂城内で権勢をふるう。秀吉の死後,高台院にしたがい京都にすむ。のち徳川秀忠につかえ,江戸城大奥の取り締まりにあたった。寛永3年4月14日死去。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

孝蔵主

没年:寛永3.4.14(1626.5.9)
生年:生年不詳
安土桃山時代,豊臣秀吉の正室北政所(高台院)の側近。蒲生貞秀の家臣川副勝重の娘。秀吉や北政所の奏者として諸大名との取次に当たり,大坂城内で権勢を持った。天正18(1590)年の小田原攻めに際して,伊達政宗に書状を送り,上様(秀吉)は政宗に別心はないと信じておられるので,ご恩を忘れては罰が当たりますぞとたしなめている。文禄4(1595)年,北政所の使者となって豊臣秀次を説得し,秀吉に引き合わせ,高野山への追放の命に従わせた。慶長3(1598)年,秀吉亡き後は北政所と共に大坂城を出て京に住み,大坂の陣の前に駿府に移った。その後,江戸城大奥の取り締まりのため徳川秀忠に招かれてもいる。墓所は東京谷中の南泉寺。<参考文献>桑田忠親『桃山時代の女性』

(西村圭子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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