宇文護(読み)うぶんご(その他表記)Yu-wen Hu; Yü-wên Hu

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「宇文護」の意味・わかりやすい解説

宇文護
うぶんご
Yu-wen Hu; Yü-wên Hu

[生]太和19(495)
[没]建徳1(572)
中国,北周の実権者。宇文泰の兄の子。泰の死後その遺命によって泰の世子覚を補佐し,西魏の恭帝の帝位を覚に譲らせた。これによって北周が成立した。護はのち孝閔帝 (覚) を廃し,さらに,その跡を継いだ明帝を殺して武帝を立てた。護は北周の基礎を固めるのに功績があったが,その専横を憎んだ武帝によって殺された。

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世界大百科事典(旧版)内の宇文護の言及

【武帝】より

…宇文泰の第4子。兄の明帝が朝廷の実権を握る従兄の宇文護に弑されたのち,宇文護によって擁立された。武帝は隠忍自重して時を待ち,572年(建徳1)宇文護を誅して親政を実現した。…

※「宇文護」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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