宇甘郷(読み)うかいごう

日本歴史地名大系 「宇甘郷」の解説

宇甘郷
うかいごう

宇甘川右岸の宇甘を遺称地とし、一帯に推定される。文治四年(一一八八)五月一二日の後白河法皇院宣(「吾妻鏡」同年六月四日条)で所々地頭沙汰について命じたうち、当郷は伊勢神宮役夫工米料弁進が命じられている。建仁三年(一二〇三)の備前国麦惣散用帳(東大史料編纂所蔵)に吉富沙汰七四石とあり、如阿弥陀仏が収納責任者で、津納五二石余で郷未進が二二石余であった。なお治承四年(一一八〇)写とする金山観音寺縁起(金山寺文書)には本尊阿弥陀如来の由来として、大河で網にかかった金色の阿弥陀如来を宇垣うがき郷と鵜飼郷の中間にある高山に一宇を建て安置、のち本尊にしたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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