日本歴史地名大系 「宇須尾大谷村」の解説
宇須尾大谷村
うすおおおたにむら
[現在地名]宮崎村大谷・宇須尾
元禄一六年一二月の村々大差出帳樫津組(田中家文書)によれば、高森藩領分の宇須尾村田方一六八石余・一〇町一反余、畠方屋敷ともに六〇石余・四町四反余、山八ヵ所。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
元禄一六年一二月の村々大差出帳樫津組(田中家文書)によれば、高森藩領分の宇須尾村田方一六八石余・一〇町一反余、畠方屋敷ともに六〇石余・四町四反余、山八ヵ所。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...