安中教会
あんなかきようかい
[現在地名]安中市安中三丁目
旧中山道の北側にあり、門前は旧安中城下町口門にあたる。正式には日本基督教団安中教会。元治元年(一八六四)国禁を犯して渡米した新島襄は熱烈なクリスチャンとなって明治七年(一八七四)に帰国、直ちに父母の待つ安中へ直行し、アメリカ伝道教会宣教師として伝道を開始した。多くの求道者のなかから同一一年湯浅治郎ら三〇名が上野尻の便覧舎の二階で洗礼を受け、教会が設立された。最初の五年間は湯浅治郎が建てた上野尻の共同養蚕場を仮会堂として礼拝をした。同一六年旧城下西町に移転し、碓氷会堂と名付けた。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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世界大百科事典(旧版)内の安中教会の言及
【安中[市]】より
…北部の秋間は梅林で知られ,西部には[磯部温泉]がある。同志社の創立者新島襄の生地で,安中教会は新島記念会堂となっている。1997年10月,長野新幹線の安中榛名駅が開業した。…
※「安中教会」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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