コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

安東文吉 あんどう ぶんきち

2件 の用語解説(安東文吉の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

安東文吉 あんどう-ぶんきち

1808-1871 江戸時代後期の侠客(きょうかく)。
文化5年生まれ。駿河(するが)安東村(静岡市)の人。清水次郎長を支援し,「博徒は素人(しろうと)衆に道をゆずれ」などの規律は清水一家にもひきつがれる。また関所の通行手形をあずかった際に凶状持ちをとおしたこともあり,「日本一首継(くびつなぎ)親分」とよばれた。明治4年4月8日死去。64歳。本姓は西谷。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

安東文吉

没年:明治4.4.8(1871.5.26)
生年:文化5(1808)
江戸後期の侠客。箱根の関所と浜名湖新居の関の通行手形をあずかり,凶状旅の旅人を通してやったところから「日本一首継親分」と称された。駿河国(静岡県)安東村の長・西谷甲左衛門の子。力士になろうと江戸に出たが,けがで安東村に帰り,博徒になった。清水次郎長の後ろ盾になり,安政6(1859)年保下田久六斬り後の次郎長包囲網下,次郎長をかばった。博徒は木綿を着て絹を着るな,素人衆には道をゆずれ,町中では駕籠に乗るななどの清水一家の規律は文吉ゆずりである。昭和33(1958)年にガリ版刷りの『安藤文吉基本史料』が出されたが,これは大正期の静岡県史編纂時に文吉の子分が語ったものを,相川直弘が大学ノート2冊に記録した資料に基づいている。しかし,このガリ版刷り史料では次郎長に都合の悪い記述がカットされており,相川手書きの元資料は静岡県立中央図書館にある。

(平岡正明)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

安東文吉の関連キーワード浜名湖新居の関今切元箱根碓氷の関箱根の関天竜浜名湖鉄道甚太七兵衛鐘弥左衛門半鐘八右衛門

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone