安藤継明 あんどう-つぐあき
1747-1793 江戸時代中期-後期の武士。
延享4年2月14日生まれ。伊予(いよ)(愛媛県)吉田藩家老。寛政5年紙の専売制に反対した武左衛門一揆(いっき)(吉田騒動)のとき,2月14日農民の説得にあたり,藩の責任を負ってその場で自刃(じじん)した。のち農民たちはこれをいたみ安藤邸跡に安藤神社を建立した。47歳。通称は儀太夫。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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安藤継明 (あんどうつぐあき)
生年月日:1747年2月14日
江戸時代中期の伊予三河吉田藩家老
1793年没
出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報
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世界大百科事典(旧版)内の安藤継明の言及
【吉田[町]】より
…農業は〈立間ミカン〉で知られるミカン栽培が主力。東小路にある安藤神社は,1793年(寛政5)吉田藩領で[武左衛門一揆]が起こった際,その責を負って切腹した家老安藤継明をまつる。立間の大乗寺は藩主伊達氏の菩提寺で,地蔵堂には,干ばつの際,田に水を引いたという伝説のある水引地蔵を安置する。…
※「安藤継明」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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