宍原村(読み)ししはらむら

日本歴史地名大系 「宍原村」の解説

宍原村
ししはらむら

[現在地名]清水市宍原

小河内こごうち村の北に位置し、富士川支流稲瀬いなせ川の最上流域を占める。北は甲斐国巨摩こま万沢まんざわ(現山梨県富沢町)、東は内房うつぶさ(現芝川町)入山いりやま(現由比町)、西は中河内なかごうち村。東海道興津おきつ宿から分れて北上し、身延みのぶ山へ向かう身延(興津筋)が通り、興津宿甲州万沢宿の中継ぎをする興津筋の宿場でもあった。天文年間(一五三二―五五)頃の参詣道中日記(大村家文書)に「しゝはら」とみえ、大村家盛が四月一七日に当地の宿(宿主望月)に着いている。永禄一二年(一五六九)四月一日「宍原年来拘主名田」二貫文が青木惣右衛門に宛行われている(「穴山信君判物写」判物証文写)。元亀三年(一五七二)の五月二三日付武田家朱印状写(河内領古文書)によると、穴山信君に富士信忠が興津と当地の間に居住することについて指示が出されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む