宜名真村(読み)じなまむら

日本歴史地名大系 「宜名真村」の解説

宜名真村
じなまむら

[現在地名]国頭宜名真ぎなま

宇嘉うか村の北方に位置し、西は東シナ海に臨む。海岸線に立地する集落北西辺戸へど(辺戸御嶽、二四八・三メートル)南西麓の海岸部は海崖となっており、標高約六〇メートルの茅打かやうちバンタとよばれる。間切集成図に「かや打はんた」と記され、かつてこの地は険峻路であったが、現在は国道五八号の宜名真ぎなまトンネルが開通している。絵図郷村帳・琉球国高究帳には村名はみえない。康熙一二年(一六七三)国頭くんじやん間切一一ヵ村、および羽地はにじ間切から二ヵ村を割いて新たに田港たんな間切が設置されたが(「球陽」尚貞王五年条)、その際に「とへさ・いたはか・宜名真の三村」が廃され(南島風土記)、当村は辺戸ふいる村の一部となったという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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