宝土寺(読み)ほうどじ

日本歴史地名大系 「宝土寺」の解説

宝土寺
ほうどじ

[現在地名]尾道市東土堂町

千光寺(せんこうじ)山南麓にあり、如意山光明院と号し浄土宗西山禅林寺派。本尊阿弥陀如来。「芸藩通志」に貞和年間(一三四五―五〇)融海意観の中興とあるが、寺記によると、嘉慶元年(一三八七)融海の創立、平田弥右衛門が発願して本堂を建立、三戸佐渡守が信仰する阿弥陀仏の尊像を安置したといい、もと栗原(くりはら)村にあったが、のちこの地に移されたという(新修尾道市史)。融海が境内に創建した西之(にしの)坊は、明治三三年(一九〇〇)岐阜県武儀(むぎ)郡上有知(こうずち)町(現美濃市)へ移転した。「尾道志稿」によると当寺の鐘銘に「大日本国備後州御調郡栗原保尾道之浦御所崎宝土寺信心大檀那橘信吉、長享三己酉年仲 住持融稟」とあった。また朝鮮回礼使宋希が当寺に参詣し、詩をよんでいる(老松堂日本行録)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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