宝坂村(読み)ほうざかむら

日本歴史地名大系 「宝坂村」の解説

宝坂村
ほうざかむら

[現在地名]矢祭町宝坂

東舘ひがしだて村の東、久慈くじ川支流の川流域の山間に立地。字木落きおとし岡野田おかのだ下平しただいらに縄文時代の遺跡があり、字押舘おしたて中世の山城跡がある。慶長八年(一六〇三)の宝坂村検地帳写(宝坂区有文書)では高三六二石余、反別田一七町余・畑三一町余(ほかに永荒畑一三町余)、名請人四四(うち一町歩以上は一三・屋敷持一〇)正保郷帳では高三八八石余、うち田一七〇石余・畑二一七石余。元禄郷帳では高二七五石余、枝郷の清水内しみずうち村の高九〇石余、手元てもと村の高九五石、押立(押舘)村の高六四石余、高野谷地こうやがち村の高一二三石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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