宮前山古墳群(読み)みやぜんやまこふんぐん

日本歴史地名大系 「宮前山古墳群」の解説

宮前山古墳群
みやぜんやまこふんぐん

[現在地名]富田林市南旭ヶ丘町

羽曳野はびきの丘陵から派生した標高九二メートル前後の丘陵上に分布した後期古墳群。同丘陵東端には真名井まない古墳がある。昭和三六年(一九六一)宅地造成に伴う発掘調査により、四基以上の古墳からなる後期―終末期の古墳群であることが判明。一号墳は真名井古墳前方部南西隅から西三五メートルにあり、丘陵尾根部に墓壙をうがって営まれたもので、墳形は開墾により不明。内部主体は横口式の石棺式石室で、六枚の凝灰岩を組合せて石棺としている。周囲には径五〇センチ前後の間隔で丸石を積上げた、一見竪穴式石室のような護壁をめぐらしていたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

〘 名詞 〙 ( 牽牛と織女の別れを悲しむ涙雨の意 ) 陰暦七月七日に降る雨。せいるいう。《 季語・秋 》[初出の実例]「歳時雑記曰、〈略〉七日雨、則曰二洒涙雨一」(出典:俳諧・滑稽雑談(1713)七...

洒涙雨の用語解説を読む