宮原新家村(読み)みやはらしんけむら

日本歴史地名大系 「宮原新家村」の解説

宮原新家村
みやはらしんけむら

[現在地名]淀川区三国本みくにほん町一―三丁目

西にし村の北西にあり、東は南宮原みなみみやはら村および北宮原村。村の南側を中島なかじま大水道が西流する。俗にすずり新田(摂津志)干瓢かんぴよう新田(西成郡史)ともよばれた。元和初年の摂津一国高御改帳には村名がみえず、寛永―正保期(一六二四―四八)の摂津国高帳に「宮原新田村」、元禄郷帳で「宮原新家村」とみえる。元禄郷帳および天保郷帳に「南宮原村枝郷」と記すので当村は南宮原村から分村した新田村と考えられるが、延宝七年(一六七九)の庄屋年寄判形之覚(大阪市立博物館蔵「水道之古書写帳」所収)に「北宮原新家」がみえるのでなお検討を要する。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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