富沢藤次郎(読み)とみざわ とうじろう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「富沢藤次郎」の解説

富沢藤次郎(初代) とみざわ-とうじろう

?-1762 江戸時代中期の浄瑠璃(じょうるり)三味線方
大坂の人。義太夫節富沢歌仙弟子享保(きょうほう)17年大坂伊藤出羽掾(でわのじょう)座が初舞台。宝暦3年竹本座につとめ,立三味線となる。一時豊竹座にうつるが,のち竹本座に復帰した。宝暦12年5月21日死去。

富沢藤次郎(2代) とみざわ-とうじろう

?-? 江戸時代後期の浄瑠璃(じょうるり)三味線方。
義太夫節の4代竹沢弥七の弟子。初名は竹沢百太郎。竹沢耳馬をへて天保(てんぽう)6年(1835)竹沢宗六を名のり,大坂文楽座にながくつとめる。嘉永(かえい)2年2代を襲名した。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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