富沢遺跡(読み)とみざわいせき

日本歴史地名大系 「富沢遺跡」の解説

富沢遺跡
とみざわいせき

[現在地名]仙台市富沢一―四丁目・長町南三―四丁目

東北本線長町(ながまち)駅の西南一・五キロにあり、名取川支流の笊(ざる)川によって形成された湿地を利用した弥生時代の水田跡である。東北地方の同時代水田跡としては、青森県南津軽(みなみつがる)郡田舎館(いなかだて)村の垂柳(たれやなぎ)遺跡に次ぐ。当遺跡で最初に発見されたのは昭和五八年(一九八三)の発掘調査による泉崎前(いずみざきまえ)地区だが、のち中谷地(なかやち)地区・鳥居原(とりいばら)地区でも次々と発見されたので、まとめて富沢水田遺跡と命名された。

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最新 地学事典 「富沢遺跡」の解説

とみざわいせき
富沢遺跡

Tomizawa site

仙台市南東部の名取川と広瀬川に挟まれた沖積平野に広がる,約90haの広大な遺跡。1988年の調査で地表下5mの約2万年前の生活面から,トウヒ属・カラマツ属・モミ属などの針葉樹とともにカバノキ属などの広葉樹・草本類など寒冷な疎林と草原を示す植物化石が出土。また,炉跡を伴った石核・剝片の地点と,ナイフ形石器のまとまり,シカの糞,昆虫類の化石なども発見された。14C年代は約2.3万~1.9万年前と測定。埋没した沖積地の下で当時の環境がよく残り,人類の活動の痕跡が発見された世界的にもまれな遺跡。

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百科事典マイペディア 「富沢遺跡」の意味・わかりやすい解説

富沢遺跡【とみさわいせき】

宮城県仙台市にある旧石器時代の遺跡。1987年,約2万3000年前の層から,石器群や焚き火跡とともに,ウルム氷期最盛期の自然環境を示す,グイマツやアカエゾマツなど針葉樹の根や幹,種子,毬果,シカの糞,昆虫の翅などが発掘された。人類の活動とともに周辺の自然環境を具体的に復元できる貴重な資料を提供した。

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