富田保
とんだほ
「和名抄」に記される富田郷一帯を保域とする公領で、平野を除く新南陽市富田を中心に、徳山市域の小畑・四熊・下上・上・川曲・川上・中野・長穂・莇地一帯を領域とし、富田川がその中を貫流する。
文治二年(一一八六)周防国の国衙領が東大寺造営料に寄進された折に、他の公領とともにその中に含まれていたと思われる。建武元年(一三三四)一一月二七日付の東大寺文書に「兵庫関替所周防国富田荘地頭職綸旨案如斯」とあり、文安元年(一四四四)一〇月一六日付の上司家文書にも「東大寺領周防国々衙正税并富田庄地頭職年貢材木雑具等事」とある。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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