日本歴史地名大系 「富田郷」の解説
富田郷
とんだごう
「和名抄」高山寺本に「富田」と記し、「度无多」と読む。刊本には「止無多」と訓じている。ともに「とむだ」と読む。
現新南陽市の富田がその遺名であるとする考えは諸書の一致するところであるが、郷の範囲については異説がある。「日本地理志料」は「百済王子琳聖、以推古帝十二年帰化、居富田里大内畠、子孫因称大内氏」という大内氏系図をあげて、富田と大内氏との関係を参考に供しているが、この系図そのものの真憑性に問題があるので、いまこの見解はとらない。さらに同書は「亘古市・徳山・川埼・政所・上村・下上村・小畑諸邑」とするが、「大日本地名辞書」は、
富田郷
とみたごう
富田郷
とみたごう
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報