富西谷村(読み)とみにしだにむら

日本歴史地名大系 「富西谷村」の解説

富西谷村
とみにしだにむら

[現在地名]富村富西谷

目木めき川上流の二本の支流黒郷くろさと川と白賀しらか川流域に広がり、北は羽出はで(現奥津町)、東は富東谷村、西に分郷の大倉おおくら分があり、南は富仲間とみなかま村・おお村。正保郷帳に高三二四石余、うち田方二一二石余・畑方一一二石とある。「作陽誌」では本村の家数六六・人数三〇七、大倉分は家数四四・人数二三四。元禄一〇年(一六九七)美作国郡村高辻帳では改出高八八石余、開高三九石余。なお「作州記」では富東谷村・富西谷村・富仲間村の富を留につくる。文政元年(一八一八)の津山領郷村帳では本村高二九二石余・大倉分高一七二石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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