富賀寺(読み)ふかじ

日本歴史地名大系 「富賀寺」の解説

富賀寺
ふかじ

[現在地名]新城市中宇利 高田

奥貴山と号し、高野山真言宗本尊は十一面観音。寺伝では大宝元年(七〇一)行基の開創という。延喜年中(九〇一―九二三)藤原忠平帰依を得て、天慶六年(九四三)堂塔伽藍が完成し寺領として稲三千束を寄せられたという。その後足利尊氏の帰依を得て一八〇町の田地寄進され、堂塔七・宮社一〇・坊舎一八が完成したという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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