寛性入道親王(読み)かんしょうにゅうどうしんのう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「寛性入道親王」の解説

寛性入道親王 かんしょうにゅうどうしんのう

1289-1346 鎌倉-南北朝時代,伏見天皇の第3皇子。
正応(しょうおう)2年生まれ。母は顕親門院正安(しょうあん)2年(1300)親王となり,仁和(にんな)寺の性仁入道親王のもとで出家嘉元(かげん)3年真光院の禅助から灌頂(かんじょう)をうけ,仁和寺門跡(もんぜき)となる。常瑜伽院御室(おむろ)とよばれた。貞和(じょうわ)2=興国7年9月30日死去。58歳。俗名は惟永。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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