察哈爾事件(読み)チャハルじけん

改訂新版 世界大百科事典 「察哈爾事件」の意味・わかりやすい解説

察哈爾事件 (チャハルじけん)

1935年6月関東軍特務機関員4名が中国河北の張北で宋哲元軍隊(第29軍)に連行された事件。4名は多倫から張家口へ行く途中に,張北県北城門を通過する際,通過護照を携帯していなかったため,城内宋軍132師司令部に連行され,護照携行を条件に宋の指示で釈放された。これは日本の華北工作に対する抗日運動のあらわれであったが,軍部はこの事件を口実に高圧的に出て,6月27日土肥原・秦徳純協定(張北事件に対する陳謝と責任者の免職,宋軍の撤退,察哈爾省内での正当な行為の尊重など)を結ばせた。この結果,中国の抗日救国運動は広がり,日中戦争へとつきすすんだ。
華北工作
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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