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宋哲元 そうてつげんSong Zhe-yuan

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

宋哲元
そうてつげん
Song Zhe-yuan

[生]光緒11(1885).10.3. 山東,楽陵
[没]1940.4.5. 四川,綿陽
中国の軍人。馮玉祥の腹心の部下。 1924年国民軍師長,25年熱河都統などを歴任し,26年国民党に加入,27年北伐に参加した。 29~30年馮,閻錫山とともに蒋介石軍と戦い,敗北。のち張学良の指揮下に入り,次いで中央軍に改組され,第 29軍軍長となりチャハル (察哈爾) 省主席を兼ね,次いで冀察 (きさつ) 綏靖主任となった。 35年日本と国民政府との交渉で華北緩衝地帯化をはかり,冀察政務委員会が成立するとその委員長となり,河北省主席を兼ねた。 37年7月7日盧溝橋事件が起ると宋は抗日戦を展開したが,日本の華北侵入を阻止できず,のち四川で病死した。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

宋哲元 そう-てつげん

1885-1940 中国の軍人。
光緒(こうしょ)11年9月23日生まれ。馮玉祥(ふう-ぎょくしょう),のち張学良の軍に属す。1930年中央軍第二十九軍軍長。1935年日中間の緩衝政権である冀察(きさつ)政務委員会の委員長となるが,1937年配下の第二十九軍と日本軍の間で盧溝橋(ろこうきょう)事件がおきると,第一集団軍総司令として抗日戦を指揮した。1940年4月4/5日死去。56歳。山東省出身。

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世界大百科事典 第2版の解説

そうてつげん【宋哲元 Sòng Zhé yuán】

1885‐1940
中国の軍人。山東省楽陵の出身。馮玉祥(ふうぎよくしよう)の部下となり,1924年第11師師長,25年熱河都統,27年北伐に参加した。29年馮玉祥の,30年閻錫山(えんしやくざん)の反蔣介石戦争に参加して敗れ,改編後の中央軍第29軍軍長となった。33年長城戦役で日本軍に勝ち,35年冀察政務委員会委員長となり約2年間日中間の緩衝的役割を担った。37年7月7日配下の29軍と日本軍の間で蘆溝橋事件が起こり,対日抗戦に転じた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

宋哲元
そうてつげん / ソンチェーユアン
(1885―1940)

中華民国の軍人。字(あざな)は明軒(めいけん)。山東省楽陵県の人。1914年、馮玉祥(ふうぎょくしょう)の部下となり、1927年国民革命軍第二集団軍第四方面軍総指揮として北伐に加わった。ついで陝西(せんせい)省政府首席代理、第九師長などに就任。1930年馮玉祥、閻錫山(えんしゃくざん)が反蒋介石(しょうかいせき)戦争に敗北すると張学良の配下に編入され、東北軍第三師長、中央軍第二九軍長、チャハル省主席、軍事委員会北平分会委員などの要職を歴任して、華北政界に重きをなした。1933年日本軍の熱河(ねっか)省侵入に抗戦。1935年末冀察(きさつ)政務委員会の委員長に就任した。日中間の緩衝政権の長として微妙な立場にあったが、1937年7月盧溝橋(ろこうきょう)事件が起こると、日本に抗戦する側にたった。1940年四川(しせん)省で病死した。[石島紀之]

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世界大百科事典内の宋哲元の言及

【華北工作】より

…日本軍は華北の軍閥をとりこもうとしたが成功せず,悪評高い殷汝耕を主席に11月に非武装地帯を中心に冀東防共自治委員会(12月,冀東防共自治政府と改称)を作らせた。国民政府は殷を国賊として逮捕令を出したが,日本との衝突をさけるため12月に河北・察哈爾両省と北平(北京),天津両市を管轄する冀察政務委員会を作り,第29軍長の宋哲元を委員長とした。しかし北平の学生たちは華北分離に反対する一二・九運動を起こし,抗日救国運動を各界に広げた。…

【冀察政務委員会】より

…だがこれは成功せず,日本軍は非武装地帯内に冀東防共自治委員会を樹立させ,北平,天津でも軍事的な圧力をかけた。国民政府はこれに対処するため12月18日に平津衛戍司令・第29軍長の宋哲元を委員長に冀察政務委員会を発足させた。ともかくも華北に特別の政治機構をつくり,しかも中央から大官を送るのではなく,華北の実力者で日本側の意中の人物を長に選んだのである。…

※「宋哲元」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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