コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

寺池城 てらいけじょう

1件 の用語解説(寺池城の意味・用語解説を検索)

日本の城がわかる事典の解説

てらいけじょう【寺池城】

宮城県登米市(旧登米町)にあった戦国時代の平山城(ひらやまじろ)で、江戸時代には仙台藩21要害の一つとされた。北上川西岸の丘陵の南端部に城跡が残っている。築城年代は不明だが、源頼朝の奥州藤原氏討伐に従軍し、奥州総奉行に任じられた葛西氏により建設された城である。1590年(天正18)の豊臣秀吉の奥州仕置により葛西氏が改易・断絶すると、寺池城は秀吉家臣の木村吉清・清久父子の属城の一つとなったが、翌年の葛西大崎一揆で、一揆勢に攻められ佐沼城(同市迫町)とともに落城。伊達氏の米沢からの国替えに伴い、伊達氏の城となった。この城を重視した伊達政宗(だてまさむね)は1604年(慶長9)、家臣の白石宗直を1万5000石で配し、元和の一国一城令以降も登米要害として存続し、引き続き白石氏が代々城主を務めて明治維新に至った。なお、白石氏は1982年(天和2)に藩主から伊達姓を下賜され、以後の白石氏は登米伊達氏と呼ばれるようになった。城跡は現在、本丸跡は畑、二の丸が裁判所敷地、三の丸が寺池公園(城址公園)になっている。曲輪(くるわ)、土塁、空堀、壇、井戸跡が残り、碑や復元絵図が設けられている。なお、寺池公園内には城の歴史資料が展示されている資料館、樹齢300年以上の赤松の巨木(市指定天然記念物)がある。同城は明治維新後は廃城となり、遺構はほとんど残っていないが、市内の熊谷家に寺池城裏門を移築したとされる門がある。また、城周辺は、城下町佇まいを伝える街並みが残っている。JR東北本線瀬峰駅からバス約60分、徒歩約10分。東北自動車道築館ICから車で約45分。◇登米城、登米要害、臥牛城とも呼ばれる

出典|講談社
(C)Kodansha.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

寺池城の関連キーワード登米登米市カッパハーフマラソンチャチャワールドいしこしみなみかた林林館登米[町]仙北鉄道熊谷直夫ウジエスーパー

今日のキーワード

平野美宇

卓球選手。2000年4月14日、静岡県生まれ、山梨県育ち。3歳で卓球を開始。07年に小学1年生で全日本選手権大会バンビの部優勝、09年に小学2年生で同大会ジュニアの部初出場を果たし、注目を集めた。13...

続きを読む

コトバンク for iPhone