コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

寺田正重 てらだ まさしげ

2件 の用語解説(寺田正重の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

寺田正重 てらだ-まさしげ

1618-1674 江戸時代前期の柔術家。
元和(げんな)4年4月16日生まれ。寺田平左衛門の次男。父の貞心流和(やわら)術をまなぶ。起倒流鎧組討(よろいくみうち)をひらき,さらに柔剣をあわせた武術の直信(じきしん)流の祖となる。のち出雲(いずも)松江藩につかえた。延宝2年8月17日死去。57歳。若狭(わかさ)(福井県)出身。名はのち満英(みつひで)。通称は勘右衛門。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

寺田正重
てらだまさしげ
(1618―1674)

近世初期の柔術家。雲州松江藩の直心(じきしん)流柔術(のち柔道直信(じゅうどうじきしん)流と改称)の祖。通称勘右衛門、のち満英(みつひで)。寺田氏は若狭(わかさ)国小浜(おばま)の京極高次(きょうごくたかつぐ)の家臣。1634年(寛永11)高次の没後、子忠高は松江に移封、さらに忠高の急逝によって除封となり、正重は浪人の悲運にあったが、松平直政に採用され松江にとどまった。幼少より父平右衛門定安(さだやす)に貞心(ていしん)流軍陣和(ぐんじんやわら)術を、ついで京都の叔父八右衛門頼重に茨木(いばらき)専斎の起倒(きとう)流乱(みだれ)を学び、自ら考案した無拍子(むびょうし)の理をもって取形を表十四形、裏七形に改編し、「起倒流兵法鎧組討(へいほうよろいくみうち)」と名づけ、作州津山藩の吉村兵助扶寿(よしむらひょうすけすけなが)に伝授した。のち僧沢庵(たくあん)の不動智(ふどうち)の妙理を加えて、直心流柔術と称した。[渡邉一郎]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

寺田正重の関連キーワード今川久太夫江畑木工右衛門関口氏英高橋玄門斎深沢又市福島平九郎三浦義辰弓場弾右衛門吉岡宮内左衛門吉村兵助

今日のキーワード

災害派遣

天災地変その他の災害に際して,人命または財産の保護のために行なわれる自衛隊の派遣。災害出動ともいう。都道府県知事などの要請に基づいて,防衛大臣が派遣することを原則とするが,特に緊急を要する場合,要請を...

続きを読む

コトバンク for iPhone