コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

尊子内親王 たかこないしんのう

2件 の用語解説(尊子内親王の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

尊子内親王 たかこないしんのう

966-985 平安時代中期,冷泉(れいぜい)天皇の第2皇女。
康保(こうほう)3年生まれ。母は藤原懐子(かいし)。康保5年賀茂斎院となるが,母の死で天延3年しりぞく。天元3年15歳で円融天皇の女御となる。入内(じゅだい)1ヵ月後に内裏が焼失したため火宮(ひのみや)とよばれた。寛和(かんな)元年出家。同年5月2日死去。20歳。通称は承香殿女御

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

尊子内親王

没年:寛和1.5.1(985.5.23)
生年:康保3(966)
平安中期の皇女。賀茂斎院,円融天皇女御(妃)。二品。冷泉天皇と藤原懐子の娘。花山天皇の同母妹。承香殿女御とも。康保4(967)年に2歳で内親王となり,翌年賀茂斎院に卜定。『栄花物語』によると「たいそうかわいらしく光るよう」な少女だった。天延3(975)年母の死により斎院を退下,天元3(980)年円融天皇のもとに入内。1カ月後に内裏が火災になり「火の宮」とあだ名される。同5年にはだれにも知らせずに落飾しようと試み,人々を驚かせた。『源氏物語』の「かがやくひの宮(藤壺)」のモデルという説もある。源為憲が,内親王のために『三宝絵詞』を贈ったことは有名。<参考文献>安西迪夫「歴史物語尊子内親王」(鈴木一雄編『平安時代の和歌と物語』),今西祐一郎「『火の宮』尊子内親王」(『国語国文』51巻8号)

(楢原潤子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

尊子内親王の関連キーワード斎院婉子内親王佳子内親王官子内親王斎院中将恵子内親王高子内親王禎子内親王(1)時子内親王藤原繁子