朝日日本歴史人物事典 「小倉実起」の解説
小倉実起
生年:元和8.8.2(1622.9.7)
江戸前期の公家。高倉(藪)嗣良の次男。小倉公根の娘を妻とし,小倉家を継ぐ。寛文12(1672)年権大納言に任じられ,延宝3(1675)年正二位に叙せられる。寛文11年霊元天皇の後宮へ入っていた実起の娘(中納言典侍)は,一宮を生んだ。当時天皇の女御に皇子がなく一宮擁立の動きがあったが,その後松木宗条の娘(大納言典侍)が生んだ五宮擁立の動きが現れた。天和1(1681)年4月一宮は大覚寺へ入ることとなった。この措置を不服とし,実起は一宮と共に引き籠もった。9月,一宮と共に蟄居を命じられ,10月22日解官,翌日佐渡流罪が言い渡された。その後佐渡で死亡した。
(藤田恒春)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報