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小倉実起 おぐら さねおき

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美術人名辞典の解説

小倉実起

江戸前期の公卿。初名は季雅。薮嗣良の三男、小倉実為の養嗣子霊元天皇第一皇子外祖。仕えて正二位権大納言に至る。和漢学に通じた。天和元年佐渡に配流。貞享元年(1684)歿、63才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

小倉実起 おぐら-さねおき

1622-1684 江戸時代前期の公卿(くぎょう)。
元和(げんな)8年2月8日生まれ。右近衛(うこんえの)中将をへて,明暦2年参議,寛文12年権大納言となり,正二位にすすむ。天和(てんな)元年娘の中納言典侍が生んだ霊元天皇の第1皇子(のちの済深入道親王)の出家に反対したため官を解かれ,子の公連(きんつら)とともに佐渡に流された。貞享(じょうきょう)元年3月18日配流地で死去。63歳。初名は季雅。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

小倉実起

没年:貞享1.3.18(1684.5.2)
生年:元和8.8.2(1622.9.7)
江戸前期の公家。高倉(藪)嗣良の次男。小倉公根の娘を妻とし,小倉家を継ぐ。寛文12(1672)年権大納言に任じられ,延宝3(1675)年正二位に叙せられる。寛文11年霊元天皇の後宮へ入っていた実起の娘(中納言典侍)は,一宮を生んだ。当時天皇の女御に皇子がなく一宮擁立の動きがあったが,その後松木宗条の娘(大納言典侍)が生んだ五宮擁立の動きが現れた。天和1(1681)年4月一宮は大覚寺へ入ることとなった。この措置を不服とし,実起は一宮と共に引き籠もった。9月,一宮と共に蟄居を命じられ,10月22日解官,翌日佐渡流罪が言い渡された。その後佐渡で死亡した。

(藤田恒春)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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