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中将 チュウジョウ

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デジタル大辞泉の解説

ちゅう‐じょう〔‐ジヤウ〕【中将】

軍人の階級の一。将官の第二位で、大将の下、少将の上。
律令制で、近衛府(このえふ)の次官。少将の上で、少将とともに次将または介(すけ)ともいう。従四位下相当官だが、三位で任ぜられることも多い。蔵人頭(くろうどのとう)を兼ねる者を頭の中将という。
能面の一。色白で、黛(まゆずみ)をつけた貴公子の面。在原業平(ありわらのなりひら)在五中将)を模したものという。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

中将 ちゅうじょう

?-? 織豊-江戸時代前期の女性。
長門(ながと)(山口県)萩(はぎ)藩主毛利秀就(ひでなり)(1595-1651)の養育を担当し,終生つかえた。

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朝日日本歴史人物事典の解説

中将

生年:生没年不詳
戦国から江戸時代初期にかけての武家の女性。市川元利の妻。毛利輝元より側室二ノ丸殿付の女房を命ぜられ,秀就誕生のときよりその養育を担当,「行儀」を教え,老年まで仕えた。輝元から80石を給与され,のち30石は召し上げられたが50石の地は長門国(山口県)大津郡にあり,秀就の承認を得て孫市川就利に譲与された。その後30石を返され,80石の知行地が市川氏に伝領される。中将が育てた自らの孫は,16歳で秀就に出仕している。<参考文献>『萩藩閥閲録

(田端泰子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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大辞林 第三版の解説

ちゅうじょう【中将】

軍隊の階級で、将官の第二位。大将の下、少将の上。
奈良時代、三衛(近衛府・中衛府・外衛府)における三将官制官職の第二位。平安初期の衛府制改革で、三衛が左右近衛府に整理統合されて以降は、左右近衛中将をさす。少将とともに、四等官制の次官にあたる。
能面の一。色白の憂いを含む貴公子の面。「清経」「忠度」の後ジテなどに用いる。

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世界大百科事典内の中将の言及

【能面】より

…瘦男(やせおとこ)や蛙(かわず)は死相を表し,三日月や阿波男,怪士(あやかし)などは神性の表現に特徴がある。平太(へいた)と中将は特に武将の霊に用い,頼政や景清,俊寛など特定の人物への専用面も現れた。喝食(かつしき),童子など美貌若年の面のなかにも,蟬丸や弱法師(よろぼし),猩々(しようじよう)といった特定面ができてくる。…

※「中将」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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