中将(読み)チュウジョウ

デジタル大辞泉の解説

ちゅう‐じょう〔‐ジヤウ〕【中将】

軍人の階級の一。将官の第二位で、大将の下、少将の上。
律令制で、近衛府(このえふ)の次官。少将の上で、少将とともに次将または介(すけ)ともいう。従四位下相当官だが、三位で任ぜられることも多い。蔵人頭(くろうどのとう)を兼ねる者を頭の中将という。
能面の一。色白で、黛(まゆずみ)をつけた貴公子の面。在原業平(ありわらのなりひら)在五中将)を模したものという。

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朝日日本歴史人物事典の解説

中将

生年:生没年不詳
戦国から江戸時代初期にかけての武家の女性。市川元利の妻。毛利輝元より側室二ノ丸殿付の女房を命ぜられ,秀就誕生のときよりその養育を担当,「行儀」を教え,老年まで仕えた。輝元から80石を給与され,のち30石は召し上げられたが50石の地は長門国(山口県)大津郡にあり,秀就の承認を得て孫市川就利に譲与された。その後30石を返され,80石の知行地が市川氏に伝領される。中将が育てた自らの孫は,16歳で秀就に出仕している。<参考文献>『萩藩閥閲録

(田端泰子)

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大辞林 第三版の解説

ちゅうじょう【中将】

軍隊の階級で、将官の第二位。大将の下、少将の上。
奈良時代、三衛(近衛府・中衛府・外衛府)における三将官制官職の第二位。平安初期の衛府制改革で、三衛が左右近衛府に整理統合されて以降は、左右近衛中将をさす。少将とともに、四等官制の次官にあたる。
能面の一。色白の憂いを含む貴公子の面。「清経」「忠度」の後ジテなどに用いる。

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精選版 日本国語大辞典の解説

ちゅう‐じょう ‥ジャウ【中将】

〘名〙
① 奈良・平安時代以降、少将とともに左右近衛府の次官。正と権(ごん)とあり、大将の次位、少将の上位。従四位下相当官。ただし、三位で任ぜられる者も多く、参議でこれを兼任するのが常例。また、蔵人頭(くろうどのとう)を兼ねる者を頭の中将という。また、外衛府や近衛府の前身である授刀衛・中衛府の次官。
※続日本紀‐天平神護元年(765)二月甲子「改授刀衛近衛府、其官員、大将一人、為正三位官、中将一人、為従四位下官
※愚管抄(1220)六「実朝先はこれよりさきに、中納言中将申てなりぬ」
② 女房の呼び名。
※源氏(1001‐14頃)帚木「渡殿に中将といひしが局したるかくれにうつろひぬ」
③ 能面の一つ。色白く黛(まゆずみ)をつけ殿上人の容貌をした男面。在五中将といわれた在原業平を模したといわれるところからの名。「小塩(おじお)」「雲林院(うんりんいん)」など公卿が後シテとなるものや、「清経(きよつね)」「忠度(ただのり)」など平家の公達が後シテとなる能に用いられる。〔八帖花伝書(1573‐92)〕
④ 軍隊の階級の一つ。将官の第二位。大将の下、少将の上。
※建白書(1873)〈山田顕義〉上「聯隊を合する者を『ブリガード』と云〈略〉『ブリガード』を合する者を『ジビジョン』と云〈略〉中将の司令する所の者也」

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世界大百科事典内の中将の言及

【能面】より

…瘦男(やせおとこ)や蛙(かわず)は死相を表し,三日月や阿波男,怪士(あやかし)などは神性の表現に特徴がある。平太(へいた)と中将は特に武将の霊に用い,頼政や景清,俊寛など特定の人物への専用面も現れた。喝食(かつしき),童子など美貌若年の面のなかにも,蟬丸や弱法師(よろぼし),猩々(しようじよう)といった特定面ができてくる。…

※「中将」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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