20世紀日本人名事典 「小沢開作」の解説 小沢 開作オザワ カイサク 昭和期の歯科医 指揮者・小沢征爾の父。 生年明治31(1898)年12月25日 没年昭和45(1970)年11月21日 出生地山梨県西八代郡高田村 経歴指揮者・小沢征爾の父。山梨県の貧乏な村に生まれた。歯科の学校に通いながら、金をかせぐためにバイオリン弾き、艶歌師などをやり苦労して学校を出て、23歳のとき満州へ。長春で歯科医を開業し結婚。本業は代診にまかせ、満州青年連盟の長春支部長の務めに没頭する。石原莞爾陸軍中佐の思想に共鳴し、満州建国の運動のリーダーとして活躍したが、理想と異った方向へ世相が変ってゆくのに失望。昭和19年帰国。戦後、ミシン会社を始めたが失敗し、歯科医に戻り、余生を静かに送った。 出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報 Sponserd by
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「小沢開作」の解説 小沢開作 おざわ-かいさく 1898-1970 昭和時代の国家主義者,歯科医師。明治31年12月25日生まれ。小沢征爾の父。中国長春で歯科医を開業。昭和3年山口重次らと満州青年連盟の結成に参加,民族協和をうったえる。7年満州協和党中央事務局長となり,満州国づくりを支援した。昭和45年11月21日死去。71歳。山梨県出身。東京歯科医専卒。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例 Sponserd by