翻訳|dentistry
歯およびその周囲組織,顎骨などの病気の予防,治療を扱う学問科目。最近では歯学と呼ばれることが多い。国際歯科連盟の定義では,歯,口,顎の疾患,奇形,外傷を予防,診断,治療し,また失われた歯やその関連組織を修復することに関する学問と技術,とされているが,この失われた部分の修復によって形態と機能を元の状態に近くとり戻すという点が歯科としての大きな特徴であり,歯科が医科の一分科として包含されない理由でもある。つまり,日本では,歯科は医科の他の分科とは異なり,教育上でも法制上でも独立して別個のものになっている。ヨーロッパの中には一般医科の教育を受けて卒業した後,口腔専門科として専攻させる制度をとっているところもあるが,多くの国では日本と同様に医科とは分離して扱っている。
歯科が日本で学問として独立するようになったのは,1883年(明治16)に医術開業試験規則の中で歯科の試験科目が認められるようになってからと考えられているが,89年に高山歯科医学院(現,東京歯科大学)が設立され,さらに1906年に歯科医師法が制定されてからはっきりした形をとるようになった。
歯科の学問体系は,基礎歯学と臨床歯学に大別され,さらにそれに関連する医学が加わっている。基礎歯学には基礎医学の各学科目に加えて口腔解剖学,口腔生理学,口腔生化学,口腔病理学,口腔細菌学,歯科薬理学などがあり,さらに歯学として重要な歯科材料や機器などを研究対象とする歯科理工学がある。臨床歯学には,口腔外科学,歯科補綴(ほてつ)学,歯科保存学,歯科矯正学,小児歯科学,歯科麻酔学,歯科放射線学,予防歯科学が含まれている。口腔外科学oral surgeryは,口腔,顎,その隣接組織に生じる先天的・後天的疾患の診断や外科的治療とその予防についての学問である。歯科補綴学prosthetic dentistryは,歯,口蓋,顎骨などの失われた部分を形態的,機能的に回復させるための方法を研究対象とする学問で,最近では顎や顔の一部が失われたものの修復をする顎顔面補綴も含まれるようになってきた。歯科保存学conservative dentistryは,虫歯(う(齲)食)などによる歯の欠けた部分の充てんや歯髄,歯肉などの病気の治療,予防を対象とする学問である。各学科を専攻する人たちによってそれぞれの学会が組織され,それぞれの研究の進歩発展のための活動が行われている。
歯学教育は大学歯学部,歯科大学で行われるが,修業年限は6年で進学課程2年,専門課程4年である。進学課程は他の学部の教養課程と同様であるが,大学によっては基礎歯学の教科の一部がここに含まれているところがある。さらに,ほとんどの大学には4年制の博士課程の大学院が併設されている。歯学部や歯科大学を卒業すると歯学士となり,歯科医師国家試験の受験資格が得られる。これに合格すると歯科医師免許が与えられ,歯科医師として歯科医療行為を行えるようになるが,実際には数年間の臨床研修によって修練する必要がある。歯科医師としての業務上の諸問題には歯科医師法が適用される。歯科医師の数は1994年現在で約8万1000人で,全国平均では人口10万当り約65人の割合である。地域格差がかなり是正されたとはいえ,東京90人に対し沖縄21人にみられるように,地域によってまだ大きな差がある。各都道府県ごとに歯科医師会がつくられ,全国的には日本歯科医師会が組織されている。これは先の各学会とともに日本歯科医学会を構成している。
歯科医療の内容としては学問に対応して口腔外科,歯科補綴,歯科保存などが挙げられるが,診療科名としては歯科で総称される。近年,矯正歯科,小児歯科が別個に標榜できるようになった。歯科医療は歯科医師によって行われるが,それには歯科衛生士,歯科技工士の補助が必要である。
歯科衛生士は,歯科医師の指導のもとに歯や口腔の病気の予防処置として歯石除去や虫歯予防のための薬物塗布,歯ブラシの刷掃指導などをしたり,歯科診療の介補をする。これには歯科衛生士学校を卒業した後,都道府県知事による試験に合格し,免許を受けなければならない。1993年現在,歯科衛生士としては約5万6500人が働いている。
歯科技工士は,歯科診療に必要な修復物(義歯などの補綴物,充てん物)や矯正装置などを製作する業種で,これには歯科技工士学校を卒業した後,都道府県知事の行う試験に合格する必要がある。歯科医師が行うような患者への技術行為は禁じられている。1993年現在,約1万9000人が就業している。
執筆者:藍 稔
小児の咀嚼(そしやく)器官の総合的な育成を目的とし,これを達成するための予防法,治療法を研究実践し,これを通して小児の全身的発育と保健に寄与する臨床歯学の一分科。現在,専門分野として発展し,日本では小児歯科として標榜が許可されている。咀嚼器官は歯,歯周組織,顎,頭蓋,それに関する軟組織,さらに器官の機能をつかさどる神経や筋肉群から成り立っており,これらによって正常な咬合が可能となる。これらの成長発育は胎生期に始まり,青年期まで続く。診療対象年齢は出生以後,永久歯咬合が完成する15歳くらいまでであるが,指導,観察は胎生期から青年期に及ぶ。咀嚼器官の成長発育を混乱させたり,障害させる原因の数は多い。たとえば虫歯,歯周疾患,歯の交換錯誤,外傷,悪習癖などはその例である。これらの予防,治療には,小児の精神発達を考慮した診療技術が必要なのは当然ながら,保護者の理解と協力が不可欠である。
執筆者:小野 博志
先天的あるいは後天的原因によって,咬合の異常がひき起こされる。たとえば,上顎が著しく突出している上顎前突や,逆に下顎が上顎より突き出てしまった,いわゆる受け口のような下顎前突の咬合状態など,いろいろな種類の咬合の異常がある。これらの咬合の異常の治療や予防にあたっては,歯や歯をとり囲む歯周組織ならびに顎骨とそこに付着する筋肉等の正常な成長発育を知るとともに,それらの不正によって生じた咬合の異常,顎骨の異常さらには顔貌の異常の改善方法の習得と研鑽が求められる。しかもこれらの異常の発生の予防についても十分な知識を必要とする。このような知識と技術を研究し,歯科医療の一翼を担っているのが矯正歯科である。矯正歯科は,歯科医のなかでもとくに矯正治療のできる歯科医が〈歯科〉と同時に〈矯正歯科〉として独立した科名を標榜することができる。矯正治療には通常2~3年の期間を必要とし,症状に応じていろいろなタイプの装置を用いる。
執筆者:黒田 敬之
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
医学の一分科で、歯、歯周組織、口腔(こうくう)粘膜、顎骨(がくこつ)などに生じる疾患の予防と治療を取り扱う分野をいう。治療には歯科医師があたり、治療の補助者として看護師・歯科衛生士・歯科技工士がおり、これら補助者は歯科治療の介助あるいは義歯その他の製作にあたっている。治療内容によって区分すると、保存歯科治療、口腔外科治療、補綴(ほてつ)歯科治療、矯正歯科治療、小児歯科治療に分けられる。歯科は、その処置内容から考えると、医科の分類では外科に属する。
[吉野英明]
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…臨床歯科医学の専門分科の一つで,正式には〈こうくうげか〉と読む。顔面,顎,口腔領域を構成する上・下顎骨,歯などの硬組織や口唇,歯肉,舌などの軟組織,さらに,これらの周辺に存在する口腔機能に重要な役割をなす関連器官,すなわち顎関節,唾液腺,各リンパ節などに生ずる病変の診断および治療に関して研究する学問である。…
※「歯科」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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