小泉川(読み)こいずみがわ

日本歴史地名大系 「小泉川」の解説

小泉川
こいずみがわ

奥海印寺おくかいいんじおよび浄土谷じようどだに(以上長岡京市)の奥より発し、円明寺えんみようじ集落東端を通ってかつら宇治木津きづ川合流点付近で桂川に入る。淀川との合流点付近はきつね河といわれ、円明寺前方を流れることから円明寺川ともいう。狐河は、藤原為家の七社百首に

<資料は省略されています>

と詠まれる。「太平記」巻九「山崎攻事久我畷合戦事」では、元弘三年(一三三三)四月の六波羅攻めに際し、結城九郎左衛門尉親光は「三百余騎ニテ狐河ノ辺ニ向」い、「狐河ノ端ヨリ鳥羽ノ今在家マデ、其道五十余町ガ間ニハ、死人尺地モナク伏ニケリ」という。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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