小淵沢村(読み)こぶちさわむら

日本歴史地名大系 「小淵沢村」の解説

小淵沢村
こぶちさわむら

[現在地名]小淵沢町 本町(ほんちよう)・尾根(おね)・高野(こうや)・宮久保(みやくぼ)・岩窪(いわくぼ)・下久保(しもくぼ)・上久保(かみくぼ)・小淵(こぶち)・大東豊(だいとうほう)

八ヶ岳の南西麓に位置し、国境の甲六(こうろく)川を挟んで西は下蔦木(しもつたき)村(現長野県富士見町)、東は上笹尾(かみささお)村。永禄四年(一五六一)の番帳の六三番に「黒坂の禰き」とともに「小淵の沢の禰き」がみえる。これをうけた慶長一三年(一六〇八)の番帳では五八番に「矢戸野禰宜」とともに小淵沢の禰宜があげられる。当地の北野天神の禰宜と考えられる。村北部の山中を棒道が東西に、村中を甲州道中原(はら)路が通り、口留番所が尾根にあった。

慶長六年(一六〇一)の検地帳(県立図書館蔵)によれば中田一町五反余・下田六町二反余・下々田六町余、上畑二町五反余・中畑一一町三反余・下畑一五町九反余・下々畑一六町余、熊蔵荒田畑七町七反余・弾正荒田畑三町四反余、屋敷数二九。慶長古高帳では高三四九石余、三枝土佐守知行、ほかに天神(北野天神社)領二石余。寛永元年(一六二四)の四郡村高帳では幕府領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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