小玉町(読み)こだまちよう

日本歴史地名大系 「小玉町」の解説

小玉町
こだまちよう

[現在地名]上野市小玉町

なか町の札之辻ふだのつじより南進する道と二之町にのまち筋の交わる十字路から東へ一町、西へ二町ほどの町。藩政当初は二之札之辻町とよばれたが、延宝七年(一六七九)六月一一日小玉町と変更(統集懐録)、東隣のうお町に続いて魚介を扱う町人衆が多かった。寛延年間(一七四八―五一)当町の高井五郎兵衛が、京都葵祭の練物七福神をまねて、自ら七福神の仮面を作り、「そもそもわれは西の宮のゑびす三郎左衛門尉(中略)こがね白がね宝船」などとうたう七福神の舞を始めたため、宝暦元年(一七五一)天神祭の渡御に供奉する練物が七福神に変わったという(上野町旧記目録)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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