七福神(読み)しちふくじん

  • 〔浄瑠璃〕
  • 七福神 (シチフクジン)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

福徳をもたらす神として信仰されている7人の神。民間信仰インド,中国,日本に伝わる信仰対象を組合せて竹林の七賢などにならって室町時代に「七」に整えられ,福の神としたもの。えびす (恵比須〈日本〉) ,布袋福禄寿寿老人 (以上中国) ,大黒天毘沙門天弁財天 (以上インド) の7神。
日本古典音楽の曲名。 (1) 長唄 杵屋宇右衛門作曲。市村座脇狂言の舞踊曲として伝わるもの。ほかに,1903年杵屋勝太郎作曲の『新七福神 (七福神宝庭) 』もある。 (2) 山田流箏曲 1世中能島松声作曲の富本節との掛合曲。 (3) 常磐津節 3世河竹新七作曲。7世岸沢式佐作曲の『豊文字名誉三囲 (ゆたかもじほまれのみめぐり) 』。 1898年1世常磐津豊後大掾 37回忌追善曲。

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百科事典マイペディアの解説

福徳を授ける7神仙。普通,えびす大黒毘沙門(びしゃもん)天弁財天福禄寿,寿老人,布袋(ほてい)をいう。寿老人は福禄寿の同体異名として,代りに吉祥天猩々(しょうじょう)を入れることもある。インド,中国,日本の雑多の信仰を聖数の7に合わせて取り合わせたもので,室町時代七福神に仮装した風流(ふりゅう)行列などが出現。その後,江戸時代にはますます盛行し,瑞祥のしるしとして美術・芸能の題材とされ,七福神乗合船を宝船にしたり,正月に七福神をまつった寺社に参る風ができた。
→関連項目福神漬

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とっさの日本語便利帳の解説

▽大黒天、恵比寿(蛭子。えびす)、毘沙門天、弁財天、福禄寿、寿老人、布袋

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世界大百科事典 第2版の解説

福徳をもたらす神として信仰される7神。えびす(,恵比須),大黒天毘沙門天びしやもんてん),布袋(ほてい),福禄寿,寿老人,弁才天の7神をいうが,近世には福禄寿と寿老人が同一神とされ,吉祥天もしくは猩々(しようじよう)が加えられていたこともある。福徳授与の信仰は,狂言の《夷大黒》《夷毘沙門》などにもみられ,室町時代にはすでに都市や商業の発展にともなって広まっていたものと思われる。また,複数の神仏への巡拝も古くから行われていたが,〈竹林の七賢人〉などになぞらえて,七福神として描かれ,信仰されるようになった。

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大辞林 第三版の解説

福徳をもたらす神として信仰される七体の神。七福神信仰が盛んになった近世中期以降は、恵比寿(蛭子)・大黒天・毘沙門天びしやもんてん・弁財天・布袋ほてい・福禄寿・寿老人の七神をいう。それまでの仏教・民間信仰などで福神として信仰されていたものが、経典の「七難即滅、七福即生」や竹林の七賢などにならい、室町時代に「七」に整えられたもの。瑞祥ずいしようの象徴として絵画・彫刻・芸能の題材とされる。 → 宝船

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

福徳の神として信仰される7神の組合せ。大黒天、恵比須(えびす)(夷、蛭子)、毘沙門天(びしゃもんてん)、弁才天(べんざいてん)(弁天)、布袋(ほてい)、福禄寿(ふくろくじゅ)、寿老人(じゅろうじん)をいうが、寿老人は、福禄寿と同体異名として除き、吉祥天(きっしょうてん)を加えることもある。大黒天はインドの神(摩訶迦羅(まかから))で大自在天の化身(眷属(けんぞく)ともいう)、毘沙門天は四天王の一つで北方守護の神、ともに仏法の守護神で福財招福の神ともされた。弁才天も同じくインドの天部の神で音曲、知恵、福財をつかさどる。恵比須神は海の幸をもたらす「寄神(よりがみ)」で海辺の民間信仰に根ざすものらしいが、「大黒=大国」の相通(そうつう)からか大黒天が大国主命(おおくにぬしのみこと)に習合されると、事代主命(ことしろぬしのみこと)に比当されるようになった。ともに平安期以来個別に福神として信仰を集めてきた神々である。しかし布袋(後梁(こうりょう)の禅僧契此(かいし))、福禄寿、寿老人は中国の福徳神で、禅宗渡来後水墨画の好画題として移入されたものらしく、福神信仰としては独自に定着しなかった。これら雑多な福徳の神を「七」の聖数にあてて組み合わせたのが七福神だが、すでに室町初期にはできあがっていて、1420年(応永27)に七福神の風流行列が京都で行われたり、文明(ぶんめい)年間(1469~87)には七福神を装った盗賊が出没し、これを福神の来訪としてむしろ歓待したという記録などが残っている。ともかく中世商人社会で福徳施与の神として流行的に信仰され、近世以後にも及んだ。七福神は瑞祥(ずいしょう)の象徴として絵画・彫刻の好題材となり、またその影像を家に飾って拝礼し、あるいは七福神詣(もう)でや初夢の宝船などの信仰習俗を広く生じ、一方、七福神舞などの芸能もできて現在まで伝わっている。[竹内利美]

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精選版 日本国語大辞典の解説

[1]
[一] 幸福を招くという七人の神。恵比須(蛭子)・大黒天・毘沙門天・弁財天・布袋・福祿寿・寿老人をいうが、寿老人は福祿寿と同体異名としてこれを除き、吉祥天を加えることもある。「七難即滅、七福即生」の説に基づくといわれる。七福。〔書言字考節用集(1717)〕
※滑稽本・浮世風呂(1809‐13)三「笑ふ門には福大黒。当年の恵方(ゑほう)から庭に飛込み打はやせば、七福神(シチフクジン)の宝船、と唄ふ鳥追諸共に」
[二] (一)を題材とした邦楽曲名。
① 長唄。杵屋宇右衛門作曲という。市村座の脇狂言として寛保(一七四一‐四四)頃から演じられたもの。大黒と恵比須だけで踊ったが、現在は一人の素踊となる。
※雑俳・藐姑柳(1785)六月一五日「替へぬのは七福神と大江山」
② 箏曲。山田流。もとは富本節との掛合曲で、箏曲は初世中能島松声、富本は富本豊前作曲。日本橋の豪商の新築に祝儀曲として作られた。
③ 常磐津。三世河竹新七作詞。七世岸沢式佐(古式部)作曲。本名題「豊文字名誉三囲(ゆたかもじほまれのみめぐり)」。明治三一年(一八九八)初世常磐津豊後大掾の三七回忌に際して作られた。
※落語・初夢(1892)〈三代目三遊亭円遊〉「一ツ又本年も七福神へでも出掛けやうかな」
[語誌]インド系の仏教守護神である大黒天・毘沙門天や弁財天、海運守護神とされる恵比須は、それまでも個々に信仰を集めてきたが、商業・経済の発展にともない、上方の町衆に福徳授与神への信仰が広まり、特に恵比須・大黒の二神併祀の習俗が流行した。それらを軸として、禅画に描かれた布袋和尚や、道教由来の福祿寿・寿老人など、中国系の福神を組み合わせることで成立したと考えられる。近世に入ると広く庶民の信仰を集め、「七福神詣」「宝船」などさまざまな習俗を生む。

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旺文社日本史事典 三訂版の解説

中世に盛行した福神信仰の7神をいう
恵比須(日本の神)・大黒天・毘沙門天・弁財天(以上,インドの神)・布袋 (ほてい) ・福禄寿・寿老人(以上,中国の伝説的高士)の総称。民間信仰と現世利益神道仏教道教の諸神仏を集めたもの。

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世界大百科事典内の七福神の言及

【縁起物】より

…また正月2日の夜,社寺から授与された宝船の図を枕の下に入れて寝ると吉夢を見て,幸運を招来するという。この宝船にはよく近世の流行神(はやりがみ)の典型である七福神をのせているが,それは幸は海上の彼方からやってくるという海上他界の観念に基づくものである。11月酉(とり)の日,東京の鷲(おおとり)神社の酉の市で売られる熊手は,穀物をかき寄せるものであるが,穀霊を人間の霊魂と一体化して考え,霊(たま)をかき寄せ人間の再生をもたらし幸運を得る縁起物とされたのである。…

【数】より

…7にも聖数と忌数の両方の性質があり,とくに人生儀礼では生と死,此の世と異界などの移行の儀礼の際に重視されている。7は七福神,七賢人,七珍万宝,七支刀,七曜剣などという反面で,七難八苦,七転八倒,七去,七曲,七化(ななばけ),七変化(しちへんげ),七里結界(けつぱい),七不思議,七人ミサキなどということばがある。また七草,七所祝い,お七夜,初七日,七五三,七つ祝い,七庚申,七墓詣など民俗儀礼ではたいせつな数とされている。…

【福禄寿】より

…また,長頭短身で杖をつき鶴を伴った福禄寿という神も考え出された。この福禄寿は南極星の化身ともいわれ,また,寿老人と同一視される場合もあり,日本では七福神の一つに数えられている。【砂山 稔】。…

※「七福神」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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