小矢井加村(読み)こやいかむら

日本歴史地名大系 「小矢井加村」の解説

小矢井加村
こやいかむら

[現在地名]中土佐町矢井賀乙やいかおつ

かみ加江かえ村の南、矢田部やたべ崎に延びる火打ひうちもりを主峰とする山並支脈長崎ながさき山に挟まれた海辺の村。天正一七年(一五八九)の仁井田之郷地検帳に小屋井賀こやいか地名がみえ、地積八町四反余、ヤシキ一三筆で、仁井田五人衆の志和氏分。「南路志」所収の「仁井田郷談」には仁井田にいだ志和しわ郷七ヵ村の一とある。

江戸時代には庄屋が置かれ、初期には大矢井加村庄屋岡田氏が兼帯していたようであるが、大矢井加村通玄つうげん庵の貞享五年(一六八八)の改築棟札に「小矢井加村庄屋仁右衛門」とあるので、この頃には専任の庄屋が置かれていたことがわかる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む