小菅谷村(読み)こすがやむら

日本歴史地名大系 「小菅谷村」の解説

小菅谷村
こすがやむら

[現在地名]戸塚区小菅(こす)ヶ谷(や)町

東は鍛冶(かじ)ヶ谷(や)村、南は桂(かつら)村、南西は笠間(かさま)村、西は飯島(いいじま)村、北西は下倉田(しもくらだ)村に接し、北は飛石(とびいし)山山頂で舞岡(まいおか)村、永(な)ヶ谷上(やかみ)村・上野庭(かみのば)村(現港南区)と境をなす。本郷(ほんごう)六村の一(風土記稿)。赤坂(あかさか)川が西部を流れ、(いたち)川が南境を限る。亀井(かめい)堀は東方字亀井に発し、東南部を南流して七石(しちこく)堀に注ぐ。七石堀は南方の川上流の水を引いて南部を西流し、字中(なか)ノ坪(つぼ)で赤坂川に合流する。鎌倉道が飯島村から入り、南西端を貫き笠間村に通じる。古鎌倉道が下倉田村から入り、村の中央を通って鎌倉道と合する。

川は「吾妻鏡」元仁元年(一二二四)六月六日条に雨乞の御祓を行った「霊所七瀬」の一つに「河」とみえる。同書寛喜二年(一二三〇)一一月一三日条にも将軍藤原頼経の心願のため御祓を行った霊所に「河」、嘉禎元年(一二三五)一二月二七日条にも霊所祭の行われた七ヵ所の一つに「河」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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