小野寺村
おのでらむら
[現在地名]岩舟町小野寺
現岩舟町北部、三杉川上流域に形成された谷戸に立地し、周囲は山に囲まれる。東の桜峠で山田村(現大平町)、北東の廻峠で小野口村(現栃木市)に通じる。西は絹ヶ岳・京路戸山を挟み安蘇郡中村(現葛生町)・栃本村(現田沼町)。中世には小野寺保が成立し、小野寺保七ヵ村があった。
慶安郷帳では田一千二七九石・畑七六四石余・野六八石余。元和三年(一六一七)の本百姓一三・門屋百姓三〇、ほか水呑百姓を含め合計一四三(「日光御用割付」野城勝文書)。
小野寺村
おのでらむら
[現在地名]浅井町小野寺
東野村の南、七尾山西麓台地に立地。東部山地に小野寺裏山古墳・村前古墳などがある。地名に残る小野寺は役小角の草創とされ、下草野五山の一で、一山に四九院を有したと伝える(東浅井郡志)。観応二年(一三五一)一〇月日の金子信泰軍忠状写(毛利家文書)によれば、小野寺に足利尊氏方の陣が布かれていた。寛永石高帳に村名がみえ、高二一九石余で、小堀遠州領(幕府領か)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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