小長曾陶器窯跡(読み)こながそとうきようあと

日本歴史地名大系 「小長曾陶器窯跡」の解説

小長曾陶器窯跡
こながそとうきようあと

[現在地名]瀬戸市東白坂町

長曾橋から東南に入る小長曾川と赤津あかづ川に挟まれた舌状の丘陵、すなわち猿投さなげ山から北北西に延びた支脈末端に立地し、その標高約三〇〇メートルの西南斜面にある。昭和二一年(一九四六)に調査。その存在は古くから知られていたらしく、当窯のある丘陵の頂部に「陶祖碑」が立てられている。

当窯の窯体は、分焔柱をもつ窖窯構造であるが、天井部は架設されており、また焼成室の中間部に匣鉢さやを重ねた支柱を横に並べた狭間さま状の遺構があるなど、窖窯の終末的な形態を示している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

夏の暑さに体が慣れること。数日から数十日間で起こる短期暑熱順化と、数年または数世代にかけて起こる長期暑熱順化とがある。→寒冷順化[補説]近年では、冷房設備の普及にともない短期暑熱順化が起こりにくくなっ...

暑熱順化の用語解説を読む